
2026年に入り、イランのサイバー攻撃が世界中で急速に活発化しています。米国の銀行や空港、中東の政府機関が相次いで標的となり、セキュリティ専門家の間でも高い警戒感が広がっています。
この記事では、SentinelOne・Zscaler・Symantecなどの主要セキュリティ企業が2026年2〜3月に公開したレポートをもとに、イランのサイバー攻撃の最新動向と、今後予測される脅威をわかりやすく解説します。
なぜ今、イランのサイバー攻撃が注目されているのか
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの合同軍事作戦を開始しました。これをきっかけに、イランと関連するサイバー攻撃グループが一斉に動き出し、世界各地でサイバー事件の発生件数が急増しています。
セキュリティ企業SentinelOneは同日中に緊急レポートを配信し、「イランの国家支援型サイバー活動は近い将来、さらに激化する可能性が高い」と高い確信度で警告しました。
イランは15年以上にわたりサイバー攻撃能力を磨き続けており、現在は60以上の攻撃グループが活動中とされています。軍事力では圧倒的に不利な状況でも、サイバー攻撃は低コストで大きな被害を与えられる「非対称の武器」として機能しています。
注目の2つのサイバー攻撃事例
2026年2〜3月にかけて、イラン関連グループによる大規模な攻撃が複数のセキュリティ企業によって報告されました。ここでは、特に注目度の高い2つの事例を取り上げ、それぞれの手口と背景を解説します。
米国の銀行・空港に事前侵入していた「Seedworm」
2026年3月5日、セキュリティ企業Symantec(現Broadcom傘下)が衝撃的な報告を公開しました。イランの情報機関と関連する攻撃グループ「Seedworm(別名:MuddyWater)」が、軍事作戦開始より前の2月初旬に、すでに米国の銀行・空港・非営利団体のネットワークに侵入していたというのです。
Seedwormは「Dindoor」「Fakeset」という2種類の新型バックドア(不正な遠隔操作ツール)を使って、標的のシステムに密かに潜伏していました。当初の目的は情報収集とみられていますが、Symantecのアナリストは「状況次第でいつでも破壊的な攻撃に転換できる立場にあった」と警告しています。
さらに同時期、米国の医療機器大手Stryker社がイラン関連グループによる破壊的なサイバー攻撃を受けました。これは紛争中に米国企業が受けた「初の全面的な破壊攻撃」として記録されており、専門家から「能力だけでなく、攻撃の意図と大胆さを示す明確なシグナル」(Check Point)と評されています。
AIを使って作られたマルウェアでイラク政府を攻撃「Dust Specter」
2026年3月4日、Zscaler ThreatLabzがイラクの政府高官を狙った攻撃キャンペーンを分析した報告書を公開しました。攻撃を行ったグループは「Dust Specter」と名付けられ、イランの国家支援型APTグループ「APT34(OilRig)」との関連が指摘されています。
この攻撃が特に注目されている理由は、生成AIを使ってマルウェアを開発していた痕跡が発見されたことです。
Zscalerの研究者は、発見された4種類の新型マルウェアのソースコードに、絵文字や「0xABCDEF」のようなAI特有のプレースホルダー(仮の値)が埋め込まれているのを確認しました。これはコードを生成AIに書かせた際に残る典型的な痕跡です。
攻撃の手口も巧妙で、「イラク外務省からの公式アンケート」を装ったアラビア語のGoogleフォームや、Cisco Webexの会議招待メールに見せかけたフィッシングが使われました。さらに、実際のイラク政府のウェブサイトを乗っ取ってマルウェアを配布するなど、一般のIT利用者では見破るのが極めて難しい手法が採られています。
AIがサイバー攻撃を変えている
Dust Specterの事例に限らず、2026年のイラン関連グループによる攻撃では、AI・LLM(大規模言語モデル)の活用が広く確認されています。
別の攻撃グループ「MuddyWater」が開発したRust製バックドア「CHAR」にも、AI支援開発の痕跡が発見されています。Googleのセキュリティ部門も「MuddyWaterが生成AIを使ってカスタムマルウェアの開発を試みている」と公表しました。
セキュリティ企業HarfangLabの研究者は、「LLMの活用が広まり、イラン関連グループ間の技術的な違いがなくなりつつある。これにより攻撃者の特定がますます困難になっている」と分析しています。
AIを活用することで攻撃者が得るメリットは主に2つです。1つは、マルウェアの亜種を素早く大量に作れるため、従来のウイルス対策では検知されにくいこと。もう1つは、本物らしい偽メールや偽サイトをAIが生成するため、フィッシング攻撃の精度が上がることです。
今後予測される4つの攻撃シナリオ
SentinelOneは2026年2月28日のレポートで、イランが今後とりうるサイバー攻撃の方向性として、4つのシナリオを予測しています。それぞれ目的や手口が異なるため、一つひとつ確認しておきましょう。
シナリオ①:スパイ目的の精密攻撃
APT34(OilRig)やAPT42(Charming Kitten)といった精鋭グループが担う、情報収集を主目的とした作戦です。フィッシングメールやパスワードの不正取得(認証情報ハーベスティング)を使って標的のシステムに侵入し、機密情報をひそかに持ち出します。
すでにSeedwormが米国の銀行や空港に事前侵入していた事実が示すとおり、このシナリオはすでに現実のものとなっています。
シナリオ②:重要インフラを狙った破壊的攻撃
電力・通信・交通・金融といった社会インフラを対象に、データを完全消去する「ワイパーマルウェア」を使った攻撃が予測されています。イランはこの種のマルウェアを15種類以上保有しており、過去にはサウジアラビアの石油大手Aramcoや複数の中東企業に対して使用した実績があります。
SentinelOneは「イランの脅威アクターは、サイバー作戦を物理的軍事作戦の各フェーズに統合した第一攻撃兵器として位置づけている」と警告しています。
シナリオ③:SNSを使った偽情報キャンペーン
TelegramやXなどのSNSプラットフォームを通じて、戦争犯罪の捏造や被害の誇張、操作された文書のリークなどを拡散し、相手国の世論を揺さぶる作戦です。生成AIで作られた偽画像や偽動画も活用されており、情報の真偽を一般の人が見分けることはますます難しくなっています。
イランのサイバー部隊と国家支援型グループは、この種の影響力工作で長年の実績を持っており、60以上のグループを統括する「Electronic Operations Room」が設立されたとも報告されています。
シナリオ④:心理的効果を狙った探査攻撃
実際に大きな破壊は行わないものの、「侵入できる」という事実を見せることで相手に心理的プレッシャーをかける攻撃です。低コストで実施できる一方、相手の防衛コストを引き上げ、社会的な不安を高める効果があります。
SentinelOneはこれを「低インパクト・高可視性」の戦術と表現しており、実際の破壊攻撃への前段階として機能する可能性もあります。
まとめ
今回の記事のポイントを整理します。
イランのサイバー攻撃は2026年の軍事紛争をきっかけに急拡大しており、すでに米国の銀行・空港・企業が被害を受けています。またイラクなど中東の政府機関も継続的な標的となっており、生成AIを使ったマルウェアの開発といった新たな手法も確認されています。
専門家の間では「サイバー空間はもう一つの戦場になった」という認識が共有されており、日本企業もグローバルなサプライチェーンを通じた間接的な影響を受ける可能性があります。引き続き最新の脅威情報を把握し、適切な備えを進めることが重要です。
参考資料
- SentinelOne「SentinelOne Intelligence Brief: Iranian Cyber Activity Outlook」(2026年2月28日)
- Zscaler ThreatLabz「Dust Specter APT Targets Gov’t Officials in Iraq」(2026年3月2日)
- Symantec「Seedworm: Iranian APT on Networks of U.S. Bank, Airport, Software Company」(2026年3月5日)
- Hunt.io「Iranian APT Infrastructure in Focus」(2026年3月)



コメント